あたらしいメガネ
40歳の誕生日にワイフがメガネをプレゼントしてくれた。 プレゼントといっても、一緒にメガネ屋さんに行って僕が気に入ったものを選んだのだけど。 節目の歳でもあるので、これからも長く使えるちょっといいものをね。とのこと。
振り返るとだいたい 5年ごとにメガネを作っている。
最初は LESS THAN HUMAN。
その次は TRACTION PRODUCTIONS。
今回はドイツの Lunor のものにした。
細身のセルフレームの優美なラインと、特徴的なちょっとゴツいメタルヒンジがギリギリキワキワのところで融合した、クラシックでシンプルなんだけどちょっとエッジのある雰囲気がとても気に入ったのでした。
メガネを選ぶのはとても楽しい。そしてとても難しい。
フレームのデザインは実際にかけた時の印象が魔法のように変わってしまうし、これから自分がどんな「顔」になりたいのか、どんな風に見られたいのか/見られたくないのか、とてもシビアに問われる感じがする。
ちょっと個性的なデザインでもかけてみると意外としっくり来たり、逆にシンプルなデザインのものが顔の印象をガラッと変えてしまったりもする。
(度の入っていないフレームをかけて鏡を見ても顔がよく見えなくて大変)
それでもお店をウロつきながら気になったフレームを片っぱしからかけてみると、これだ!というフレームに出会える(ことがある)。
それはまさに「出会い」のようで、当初イメージしていたものとは全然ちがうものが今の自分にピッタリとハマったりする。
40代の僕はこんな顔になるのか。いいね。って。
あたらしいメガネを作るのは、美しいプロダクトに触れる機会であると同時に、自分の顔(あるいは見え方)と向き合えるいいチャンスだなと思った。
5年後あたりにまた作ろうかしら。その時にはどんな顔になってるんだろう。
ホントはもっとたくさんメガネ欲しい。
モノをよくみる
よく「ものをちゃんと見ろ」って言うんです。「いまの季節の葉っぱはどんな色なんだよ?」って。きれいだったらどんな緑でもいいわけじゃない。「画像をいじくってる場合じゃないだろ」って。
写真のことば
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路上の人々や、映画だとかテレビの中に見られる人々のごく日常的な身振りや態度、当たり前で、誰も目にもとめないようなフォルムを、批評的な目で観察することを学んでください。何ができるか、新しい何をつくるべきなのかを学ぶためにです。
アッキレ・カスティリオーニ
とにかく「よくみて。」と言っていました。
自分がいま作っているものはもちろん、周囲で話題のサービスやプロダクトも、巨匠のグラフィック作品も、好きなアニメも、同僚の今日の髪型も、街ゆく人たちが着ているTシャツのプリントも、オフィスから見える街並みも、冬の朝の光と影も。
とにかく視界に入るもの、身近にあるもの、遠くにあるものを、たくさん、じっくり、ちらっと、何度も、寄って、退いて、正面から、後ろから、斜め前方から、回り込んで、よく、みる。
よくみて、引っかかりを探す。
自分の目にはなにが引っかかったのか。
製作者の意図は?メッセージは?工夫している点は?苦労したと思われる点は?ルールは?例外に対してどうルールを曲げているか?
どんなところに同意できるか。自分ならどうするか。いままでと同じところは?それまでとちがうところは?
ふだん何気なくみていることに意識を向けること。
みたものに自分の経験や思考をぶつけて、はね返ってくるものを拾い上げること。
差異、差分、違和感に気づくこと。みることで自分の思考を再発見すること。
すでに身の回りにあるもの、誰かが考え成し遂げたものから積極的に学ぶ姿勢と習慣を身につけること。
そういうのをまとめて「よくみて。」と言っていました。
知識を増やし、それを自分のモノにする方法を身につけること。
デザインというものに関わる仕事を長く続けていくには、きっとそんなことが大事なんじゃないかなぁ。
それではみなさま、よいデザインライフを。